特集・北の大地

語り継がれる神秘の野草

山の奥へ奥へ、
アイヌの宝「プクサ」を探して

かつてアイヌの人びとがプクサやキトピロ(祈祷蒜)とよんでいた野草がある。「ハルイッケウ(食料の要)」としても重宝されてきたその野草の名は、行者ニンニク。北国の山々を覆う雪がとけ、地元では待ちに待った野草採りのシーズンが本格化する5月。神秘の野草に出会うべく、北海道へと向かった。

病魔を祓う、万能薬
アイヌが重宝してきた野草

地元カーリングチームの大活躍も記憶に新しい、北海道北見市から約1時間半。途中、牛たちがのんびり草を食む雄大な牧場や山々を眺めつつ、道東エリアに位置する山中へと車を走らせる。

お目あては行者ニンニク。山を覆う雪がとけたころ、いちばんに収穫できる野草だ。もともと北海道の先住民族であるアイヌの人びとが「食べ物は神からの恵みであり、神とは自然そのものだ」という考えのもと、そのときに必要な分だけをとり、決してとり過ぎることのないようにとみずからを戒めて宝のように大切に扱ってきた。

アイヌの伝統儀式では、祭壇に捧げる供物や宴の席でふるまわれる料理の材料にも行者ニンニクがつかわれていたという(『蝦夷漫画』札幌市中央図書館蔵)

言い伝えによると、貴重な栄養源であると同時に万能薬でもあったという。濃霧のときは伝染病の神がまぎれて降りてくるため、乾燥させた行者ニンニクを火にくべ、そのにおいで追い払ったとの話も残る。さらには肺炎や風邪、やけどや打ち身、消毒などあらゆる不調に用いられてきた。

北見市で山菜などの卸販売をおこなう、有限会社丸髙物産社長の髙田和城さん(55歳)はこう話す。

「北海道では子どものころから『行者ニンニクを食べれば元気になる』と親に聞かされてきました。1日1本、生で食べると風邪をひかないともいわれ、わたしもよく山でとってはそのままかじっていましたよ。おかげでこのとおり、健康そのものです」

小林さん(左)と髙田さん(右)。ふたりは中学校の先輩後輩という間柄。気心の知れたパートナーだ

成長するまで7年
収穫できるのはいまだけ

行者ニンニクの旬はみじかい。勝負は4月の半ばから5月の初旬、ほんのわずかな期間。しかも、一度でも根からとってしまうと約7年、茎の部分から切っても3年はありつけない。成長スピードが遅く、何年も待たなければ食用の大きさにまで育たないのだ。

「食べたら次の日までにおいが残って、周りには嫌がられますけどね(笑)。それでもやっぱり、北海道の人たちは春になると必ず行者ニンニクを食べる。昔から野草採りをする人なら生えている場所を知っています。でも、誰にもその場所は教えません。とってきたものをみんなに分けたりはするけれど、ここ数年でとれる場所も減っていますし……ほんとうに貴重なものなんですよ」と髙田さん。長年のパートナーである野草採りのプロ、「採り子」の小林英輝さん(53歳)とともに、案内役を買って出てくれた。

車1台がようやく通れる山道に入るとデコボコ道になる。激しい揺れに不安を感じつつ走ること30分。車を停め、「じゃあついてきて」とふたりがスイスイのぼりはじめたのは、身長175cmの小林さんの胸までササが生い茂る急斜面。長靴が沈むほどぬかるんだ土に足をとられながらも、山の奥へと進んでいく。小さくなる背中を必死で追いかけた。

息を切らしながら30分は歩いただろうか。先頭をいく小林さんの「見つけた! あったぞー」の声とともに、ようやく群生する行者ニンニクに出会えた。そこはほのかにニンニクの香りが漂っている。

「山の下の方では小さくてもみんなとられてしまうんです。だから大きく育ったものは、これくらい険しくて人が来ない奥地でしかとれない。茎を切るとツーンと刺激のあるにおいがするでしょ? 1日素手でとっていると皮がむけてしまうほど強い成分があるんですよ」

そう話す小林さんが、カマでていねいに茎の部分を切った行者ニンニクを見せてくれた。すこしニラにも似ているが、ニンニクのにおいを数倍にもしたような強烈な香り。このにおいにこそ、行者ニンニクの驚くべき力が秘められている。

行者ニンニクはユリ科ネギ属の多年草。「はかま」とよばれるこの赤い部分に、強いにおい成分がぎっしり

独特のにおいに健康効果が!
血液サラサラ、手足ぽかぽか

80種類以上の成分からなる行者ニンニクのにおい成分。それには脳梗塞・心筋梗塞を予防する血栓溶解作用や血小板凝集阻害作用がある。さらには体脂肪を効率よくエネルギーにかえることも広く認められている。

そもそも行者ニンニクの名は、冬山にこもった修行僧(行者)が雪どけのころにこっそり食べて体力を蓄えたことが由来。つまり、血液がサラサラになるうえ、厳しい山中での修行を乗りきる滋養にも満ちているというわけだ。数ある野草の中でも行者ニンニクが親しまれているのは、人びとがこうして身をもって体験してきたパワーがあるからなのだろう。

山を降りて立ち寄った道の駅でも、地元の野菜と並んで行者ニンニクが売られていた。

「農家が栽培した露地物もあるけれど、やっぱり山でとれたものがいちばん。自分でとるのがまた楽しいんだ。醤油漬けやおひたし、ジンギスカンにも欠かせない。いつも食べているから、こっちの人は年齢よりも若く見えるし病気知らずで元気だよ(笑)」とは、道の駅で出会った後藤さん。御年72歳にして現役の農家、じつに若々しくパワフルだ。

取材の終わりには、定番だという行者ニンニクのおひたしと醤油漬けをいただいた。

ニンニク特有の強いにおいは残るものの、滋味深い独特の風味やギュッとつまったうま味、すこし刺激のある辛味もクセになる。そしてなにより驚いたのは、行者ニンニクのぽかぽか効果! 手や足の先までじんわりと温かくなり、からだの芯からぽっかぽか。そうした効果がなんと翌日までつづき、山の疲れもふき飛んだのだ。まさに神秘の野草である。

人から人へと語り継がれ、この地に根づく行者ニンニク。その秘めたる力に触れた。

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2024/04/24 4:57:51