発酵させれば、こんなにうまい

削りたては最高のぜいたく。
本枯れ節の故郷へ

和食の基本である「うま味」。海外でも“umami”とよばれ、いま注目を集めている。コンブや煮干しと並び、うま味を語るうえで外せないのがかつお節だ。

日本の発酵食品といえば味噌や醤油が真っ先にあがるが、かつお節もまた微生物の力を借りてつくられる食材。煮ていぶしたかつおの身にカビをつけ、熟成させることであの奥深い風味が生まれるのだ。

とりわけ、カビを複数回つけて発酵させたものは「本枯れ節」とよばれ、おいしさも別格という。昔ながらの本枯れ節づくりを見るため高知県土佐市へ向かった。

焚納屋(たきなや)の1階で火をおこし、上階にならべたかつおをいぶす「焙乾」。カビつけ前の重要な作業だ

煮込んで、いぶして……
200年かわらぬつくり方

高知空港から車でおよそ1時間。戦後まもなく創業した竹内商店に到着した。ここでは、200年前と同じ製法で本枯れ節づくりがおこなわれている。

さっそく中に入らせてもらうと、生のかつおが作業台に移される際の「ドシン」という音に驚く。ドッサリ積まれたかつおは地元のおかみさん達の手で手際よく頭を落とされ、あっという間に3枚おろしができあがる。この弾力たっぷりの切り身が硬いかつお節になるというから、なんとも不思議だ。

本枯れ節づくりは早朝の生切りからスタート。かつおの身が手際よくおろされていく
頭を落としたかつおをおろす「合断ち」は昔から責任者の仕事
おろした身は煮かごの中へ。隙間をつくらずていねいに並べる

「生のかつおを煮込み、何度も煙でいぶして水分を飛ばす。それをコウジカビで発酵熟成させることで、見た目も味もガラっとかわります」

教えてくれたのは、竹内商店社長の竹内昌作さん(65歳)。ではなぜ、ここまで手間をかける必要があるのだろうか?

もともとかつお節は、かつおを煮ていぶした時点で江戸や京都に運ばれていた。そのため輸送中に黒カビがつき傷みやすかったそう。しかし、江戸後期に有用菌であるコウジカビをつけてかつお節を守る方法が土佐で誕生。最初は保存目的だったが、コウジカビをつけたかつお節は特有のおいしさを持つことに人々が気づき、よりおいしくなるよう試行錯誤した結果、いまの製法になったという。

発酵中の節を見せてもらうため熟成室へ向かった。広さは4畳半ほどでお吸い物のようなよい香りがする。室温は27℃。この暖かさはヒーターによるものではなく、コウジカビがはたらくときに発する熱だ。かつお節づくりは酒造りのように泡が出たり、納豆のように糸を引くといった明確な外部変化がないため発酵食品であることを忘れがちだが、ほの温かい空気に触れ、確かに「菌」が息づいていることが感じられた。

霧吹きをつかってカビをつける。「カビは気をつかわないとしっかりはたらいてくれない。湿度や天候を肌感覚で見極め、細かく調整します」
熟成中の本枯れ節。コウジカビがふんわりと節を覆っている

竹内社長が本枯れ節を削ってくれた。削りたてを食べてみると、濃厚なうま味にビックリ! 深いこくがあり、うま味の余韻が心地よくつづく。

「じっくりと発酵させなければこの味は出せません。でも菌の力だけではダメ。発酵具合を見極めて細かく調整する人の目や手も大切ですよ」

本枯れ節づくりは気の抜ける工程がひとつもないといわれている。菌と人、両者がそろってはじめて特別なおいしさが生まれるのだ。

ズシリと重く、たたくと乾いた音がするのがよい節。断面がエンジ色なら完璧だ

本枯れ節のつくり方

本枯れ節は完成まで半年かかり、全工程が手作業。つくり方はまずかつおを包丁でおろし、煮かごに並べる。これを熱湯で90~120分煮込み、樫や楢などの薪でいぶす作業を20~30回おこない荒節の完成。荒節の表面をそいでカビをつけ、発酵したらカビを払い落とし、またカビをつけ……を4回くりかえしてやっと完成する。江戸時代からかわらぬ方法だ。

なお、市販の「花かつお」は荒節の段階で削るため厳密には発酵食品ではない。

完成間近のかつお節を触ると、ふっとコウジカビが舞った。「粉のふいた」節は上質の証
取材協力

(有)竹内商店
高知県土佐市宇佐町宇佐2824-3
☎088-856-0129

右は息子で後継者の太一さん。竹内社長に抱かれているのは未来の4代目? 親から子へ、子から孫へ、土佐の本枯れ節づくりが受け継がれていく

削りたてがもっともおいしい
塩も醤油も不要

昭和44年に登場したパックの削り節におされ本枯れ節の生産量は減ったが、じつはいま静かなブームになっている。東京・日本橋にある本枯れ節の専門店は常時にぎわい、土佐市のふるさと納税では返礼の本枯れ節が大好評。本物の味を自宅でも、という人が増えているのだろう。しかも、かつお節は削りたてがもっともおいしい。家で削ればいちばんおいしい瞬間を味わえるのだ。やらない手はない。

削ったかつお節は、どのようにつかえばよいか? 東京にもどった取材班は、だしにこだわる懐石料理店「乃村」を訪ねた。

「本枯れ節のだしは、それだけでごちそうです」と女将の日向ひろ子さん。水とコンブの入った鍋に削りたてのかつお節を入れた瞬間、厨房は華やかな香りでいっぱいに。完成しただしは黄金色に透き通り、こくの深いこと! 塩や醤油など調味料をいっさい入れずにこの味を出せるのは、本枯れ節ならでは。

シュッシュッと小気味よい音が厨房に響く。削りたてのかつお節は色が濃く、見るからにおいしそう
黄金色に輝く一番だし。うま味たっぷりでほのかに甘い。ひと口だけ味見する予定だったが、ついついおかわり

味噌汁やお吸い物はもちろん、このだしにゆでた青菜を漬けこめば、おひたしは主役級の存在になる。和食だけでなく、ひき肉に混ぜればうま味たっぷりのハンバーグが完成。くわえるだけでなんでも絶品になるのが本枯れ節の力だ。

かつて、かつお節を削る音はどこの家庭にも響いていた。食生活の変化とともに聞かれなくなって久しいが、この味を忘れてしまうのはあまりにももったいない。人の手と菌が協力してつくりあげる本枯れ節のおいしさを、いま一度生活にとり入れてはいかがだろうか。

右上から時計まわりに、土佐豆腐、根菜汁、和風ハンバーグ、おひたし、だしがらのふりかけ。本枯れ節をつかえば、どんな料理もたちまち深い味に
取材協力

懐石料理 乃村
東京都豊島区南大塚3-47-5
☎03-3987-8026

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2024/04/28 11:35:23