寒風が産んだ、奇跡の長寿食

つまり知らずで
短命県から長生き県へ

全国で平均寿命第1位を誇る長野県。ところが、かつてはいまと正反対に短命で知られる県だったとか。本誌「教えて! 荒木先生」でおなじみの荒木先生が編集部員のさとみちゃんに与えたのは「奇跡的なV字回復のヒミツをさぐるべし!」との使命。さっそく長野へ飛び、調査をはじめたさとみちゃんが出会ったのは、茅野市特産の天然寒天。食物繊維をたっぷり含むこの寒天こそ、長野を短命県から長生き県にかえた奇跡の長寿食だったのです。

できたてぷるんぷるんの生の寒天(茅野では「生天」とよぶ)を並べ、天日干しにする。

短命の元凶、脳卒中を防げ!
強い味方は寒天の食物繊維

長野は日本一の長生き県。厚生労働省が平成25年に発表したデータによると、都道府県別の平均寿命で男女ともに第1位です。これは平成22年の前回調査につづく快挙で、平均寿命は男性80.88歳、女性87.18歳。とくに男性は平成2年以来、見事6回連続で不動の第1位なのです。

でも、じつは以前の長野は短命な県だったというから驚きです。昭和40年の平均寿命は男性が全国9位、女性は26位。とくに脳卒中の死亡率は全国1位で、県内では茅野市がワースト1だったそう。この茅野にある諏訪中央病院の名誉院長、鎌田實先生ら医師は、脳卒中を予防するために立ち上がりました。鎌田先生はこう話します。

「まずとり組んだのは減塩。漬け物などで過剰にとり過ぎていた塩分を減らすことでした。また脳卒中予防には血管が肝心と考え、血管を健康にする抗酸化力のある野菜の摂取もすすめました。さらに注目したのが食物繊維。キノコや野菜のほか、もっともパワーがあったのが“繊維の王様”といえる寒天だったのです」

前日に干した生天は翌朝、3分の1ほどが凍った状態に。これをくりかえすことで乾燥し、寒天となる

じつは茅野は江戸時代末期から約180年つづく、寒天の名産地。鎌田先生たちは、その力を生かそうと考えたのです。

「寒天はゴボウやセロリとくらべても圧倒的に食物繊維が豊富。食物繊維をとることで腸のはたらきが整い、便通がよくなるとダイエットにも効果的です。また食物繊維は消化吸収をゆっくりにし、血糖値の急上昇を抑えるので動脈の老化も防げます。こうした肥満防止、動脈硬化防止が結果的に脳卒中を減らし、生活習慣病やがんの予防にもつながったのです」

寒天の食物繊維含有率はなんと74.1%で、全食品の中でダントツの第1位。乾燥ヒジキ43.3%、干しシイタケ41.0%(「日本食品標準成分表」より)などとくらべても圧倒的です。さらに原料は海藻なのでカロリーはほぼゼロで、カルシウムや鉄分などのミネラルもたっぷり! この寒天パワーのおかげもあり、長野県の平均寿命は着実に、しかも飛躍的にのび、ついに全国一の長生き県となったのでした。

となれば、ぜひ茅野市を訪れて、寒天をつくる一部始終を見てみたい。さっそくやってきました。

ときは1月上旬。稲を刈りとったあとの田んぼ一面に、なにやら雪のように白いものが並べられています。見ればこれが寒天! 茅野をはじめ諏訪地方ではいまも伝統的な天日干しで天然の寒天をつくっているのです。

昭和初期創業の(有)イリイチ寒天代表で、長野県寒天水産加工業協同組合代表理事・組合長の小池隆夫さん(71歳)は、こう教えてくれました。

「350年近く前の江戸時代に京都で発明された寒天は、天保年間に諏訪へ伝わりました。関西へ出稼ぎにいっていた小林粂左衛門という人が製法を学んで、故郷へ持ち帰ったのですよ」

八ヶ岳連峰、蓼科高原の西に広がる寒天の里、茅野。12月半ばから翌年2月はじめまでおこなわれる天然寒天づくりは冬の風物詩だ
小池隆夫氏(71歳)
長野県寒天水産加工業協同組合代表理事・組合長。昭和初期の創業以来、天然製法の寒天にこだわりつづける(有)イリイチ寒天の代表。最盛期の250軒から10軒ほどに減った茅野の寒天屋の一軒として、上質な寒天づくりとその普及に努めている

その製法はいまもほぼ当時のまま。天草やオゴグサ(オゴノリ)を釜で煮て、煮出し汁を凝固させた生天を、凍乾場とよばれる野ざらしの水田跡地で凍結・乾燥させてでき上がりです。

「マイナス7~10℃くらいまで気温が下がる夜に凍り、4~10℃になる昼間に溶けて……をくりかえし、約10日かけて寒天は白く乾燥していきます。この寒暖差が大きい気候と、茅野を流れる宮川水系の澄んだ水が寒天づくりにぴったりだったのです」

原料の天草とオゴグサ(オゴノリ)は水洗いし、1日水に漬けたあと、煮沸の釜へ
天草などの原料を大釜で煮て、煮出し汁をつくる。それを固めたものが生天だ
稲を刈りとったあとの田んぼに生天を整然と並べた板がぎっしり敷きつめられた凍乾場。壮観なながめだ

天の恵みと、人の力。
伝統の寒天はその結晶

この時期、厳しい寒さをものともせずはたらくのが「天屋衆(てんやしゅう)」とよばれる人たちです。凝固した生天を切り出すのも人の手。それを凍乾場にひとつひとつ並べるのも人の手。天然寒天は、天の恵みと人の力のたまものなのだなぁ、としみじみ感じます。

さて、そんな天屋衆の中に、高齢ながらも元気いっぱいにはたらく人が。聞けばなんと81歳だという小海嘉介さん。ほっかむりに毛糸の帽子、満面の笑顔ではたらく姿は若々しく、すこしもお年を感じさせません。

その年の気候にもよるが、約8~10日凍乾を経ると棒寒天が完成
しゃきっと伸びた背すじ、上々の肌つや、若々しい笑顔の小海嘉介さん(81歳)。冬はここで奥さんとともにはたらき、夏は野菜をつくる名人でもある

「寒天はもちろん毎日食べてるよ。ご飯に入れて炊くとねばりが出ておいしいし、“天よせ”っていうようかんみたいなお菓子にして食べると、疲れがとれるんだ。寒天のおかげかな、便秘なんかしたことないし、医者にかかったこともない。このままじゃ死ねないかもしれないよ(笑)」。そう言って無邪気に笑う小海さん。

ヘルシーなだけでなく、おいしさも小海さんお墨付きの寒天を、わたしたちも味わってみたくなりました。

そこで登場してくれたのが「食改さん」とよばれる3人のおかあさん。厚生労働省の指定する健康講座を受講した「食生活改善推進員」で、地域で食生活の改善指導など健康増進のために活動する人です。長野県では「食改さん」の活躍が長寿の一助になったといわれます。

食改さんは右から小池すみ子さん(76歳)、藤森政子さん(77歳)、溝口希理子さん(73歳)。温かく気さくなおかあさんたちだ
水でほぐした寒天をちぎって炊飯器に入れるともっちりと炊き上がる。米3合に棒寒天1本が目安

おかあさんたちがつくってくれた白和えやピラフなどの寒天フルコースはさすがきっちり減塩が守られ、やさしく上品な味でした。伝統の天然寒天を守りつづける天屋衆の熱い心、昔なじみの食材である寒天を現代の食卓においしく届ける食改さんの温かい心。そんな多くの思いを一身に受けた寒天の力が、長野を短命県から長寿県へと元気によみがえらせたのでしょう。

食改さんが腕をふるってくれた寒天フルコース。寒天とセロリの白和え、寒天ピラフ、紅白寒天、くるみと豆腐寒天

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2024/04/27 23:08:06