精進料理と聞くとどんなものを思い浮かべるだろうか? 味が淡白、見た目は地味、肉や魚を食べてはいけないなど制約が多い、なにより敷居が高い……。世間ではいささか近寄りがたいイメージを持たれているようだ。しかし戦後、「飽食」への道をひた走った日本人が失ってしまった大切なものが精進料理にはあるのでは? そう語るのは若き精進料理家、藤井小牧さん。彼女の実家、鎌倉は稲村ガ崎に佇む山庵、不識庵を訪ねるとちょうど小正月のもてなしに腕を振るっていた。
精進料理研究家
藤井小牧さん
1977年 神奈川県生まれ。精進料理研究家、食養指導士。父は僧侶で精進料理家の故藤井宗哲さん、母は精進料理家の藤井まりさん。食育関連のワークショップ、子ども・妊婦の食事指導、講師などの活動を展開。発酵食品の研究もおこなう。今年、東京秋葉原に「こまきしょくどう 鎌倉不識庵」を開店。著書:『まあるい毎日』
精進料理は
華やかでおいしいもの
——最近にわかに注目を集めているとはいえ、多くの人にとって精進料理はまだまだ馴染みが薄いです。いまあらためて普及につとめる理由はなんでしょうか?
わたしは両親とも精進料理家という特殊な家庭に育ち、周囲の人にはよく「精進料理っておいしくなさそう」とか「茶色い」とか、果ては「正座して食べなきゃいけないんでしょ?」なんて言われつづけてきました(笑)。だからまずそれをかえたかったというのがあります。
確かに動物性の食品はつかいませんし、素材は地味といえば地味。味つけも淡いので、現代では浮いた存在かもしれません。けれど精進料理が発展しはじめた鎌倉時代、庶民がなにを食べていたかといえば、やはり野菜、豆類、穀類に魚を足した程度でしょう。ただお寺というのは「守られた」特殊な場所なので、たまたま歴史がかわっても同じものを食べつづけていただけなんです。
——なるほど。むしろ現代の食べものの方が不自然だと。
ええ。それにかつての日本食がただ素朴で貧しいものだったとは思えません。精進料理には「五味、五色、五法」という言葉があって、じつは華やかで味も多彩。つくり方だって工夫に富んでいます。それと同じように日本人の食べてきたものは、ほんとうの意味でゆたかなものだったはず。添加物や農薬にまみれて素材の味もわからない現代の食事とくらべればなおさらです。
精進料理とは
仏教では僧は殺生が禁じられており、お布施として野菜、穀類、豆類を工夫した料理が発達した。日本では鎌倉時代に道元禅師が中国に留学し、禅寺の食事法や心構えにみずからの考えをプラスした『典座教訓』を著したところから、思想としても発展。一汁一菜を基本とし、素材の味を活かした淡い味つけが特徴。動物性食品のほかネギ、ニラ、ニンニクが禁じられている。なお典座とは禅寺で台所を担当する僧侶のこと。
日本人のからだに合った
「日本人型栄養学」
——確かに今日のお料理も彩り鮮やかでおいしいです。はるか昔に確立されたものなのに、栄養のバランスがよいことにも驚きました。
栄養学的にどうこうというのはあまり考えていなくて、カロリー計算もしたことがありません。そもそも現代の栄養学は明治時代に軍隊をつくるとき、ドイツからとり入れたもの。だからタンパク質も多いし、日本人にはあまり合っていないように思います。
食べものには栄養学の理屈では計れないことがまだまだたくさんあります。旬の野菜のもつエネルギー、醸造の旨み、そして発酵食品のちから。昔の日本人はそうしたことをすべて経験的に知っていたんです。わたしはこれを「日本人型栄養学」と名づけています。
——それは興味深い。しかしわたしたちは戦後、欧米食を歓迎し利便性を追い求めてきました。結果“飽食”と言われ生活習慣病も蔓延しています。
戦中戦後に育った方々は食に関してつらい経験をたくさんしてきたと思います。だからその方たちを責めることはできない。一所懸命健康になろうとして図らずも「足し算」をつづけてしまっただけなんです。逆に最近若い人たちが素直に精進料理に興味を持ってくれるのは、飽食の時代に産まれたから。ていねいにつくられた食べものに飢えているんでしょう。
——いずれにしろ食の「引き算」が求められているということですね。
そうだと思います。
いますぐ実践できる
食の引き算とは
——とはいえ明日から精進料理をつくろうというのは正直敷居が高いです。いますぐできる引き算の方法はないでしょうか?
あります。そもそも精進料理の本質は、旬の食材に感謝し工夫を凝らしていただくこと。お寺ではダイコンしかとれない季節には、今日は身、明日は皮と知恵をしぼって毎日味を楽しみます。捨てる部分も減って一石二鳥です。道元禅師*1もレシピは残していなくて、季節の素材とどう向き合うかという心の部分だけを書いていました。精進料理はアイデア料理なんです。
つまりガマンするのではなく、ちょっと工夫をすればいい。具体的には、やはりまず旬の食材を選ぶこと。献立を考えてから買いものにいくのではなく、お店にいって店員さんに「どれが旬?」と聞いてみてください。時季のものは味も深く余計な調理も要りません。
あとは調味料をかえてみる。いまは色々な合成調味料がありますが、ほんとうにおいしい醤油やお酢をつかえば、それだけで素材の味を引きだせます。こうした些細な工夫を父は、「料理を通じた心のうるおい」と表現していました。
——うるおい! そう考えれば引き算も楽しいですね。いますぐ実践できそうです。
毎日すこしずつ心がけるだけで食に対する意識はかわります。結局、余計な足し算をしないシンプルな食べ方というのが日本人にはいちばん合っているのだと思います。
——本日はおいしいお料理と貴重なお話、ありがとうございました。
*1 日本における曹洞宗の開祖。精進料理の古典、『典座教訓』を著した。