現役ばあちゃんは83歳

標高1000m。坂の上の長寿村

長寿研究者の間で注目される長野県。平成22年度の調査では男女ともに平均寿命全国1位です。その数字もさることながら、高齢者医療費が全国でもっとも低い健康長寿の県として話題になっています。 本誌「教えて! 荒木先生」でおなじみの荒木先生より「健康長寿のヒミツを調査せよ」と指令を受けた新人編集部員のさとみちゃん。9月下旬、長寿の里として知られる長野県高山村を訪れました。

80代で現役は「ふつう」
ヒミツは村の生活にあり

JR長野駅から車でおよそ1時間。松川渓谷のふもとに、長寿の里として知られる高山村はあります。人口は7400名ほど。リンゴや野菜の栽培が盛んなこと以外に特別なヒミツがあるようには思えませんが、何が健康長寿につながっているのでしょうか。

それを調べるには、ここで暮らす人に取材するのがいちばんです。さっそく村の酒屋さんに入って声をかけると、ご主人の関谷忠好さん(84歳)が小走りにやってきました。

「いらっしゃい! 長寿の秘訣だって? ふつうに3食食べているだけだよ。野菜はよく出てくるけどね」

酒屋の店主、関谷忠好さん(84歳)。「仕事をしていると頭とからだをつかうから老けないよ」

さぞかし健康に気をつかっているだろうと予想していましたが、運動も食事もこれといって意識していないそう。不思議に思いながらお店を後にすると、目の前の坂道をスタスタとのぼるおばあちゃんを見かけました。近所に住む藤沢ひさゐさん。88歳とのことですが、背筋はシャキッと伸び、段差を軽々とまたぐ姿には年齢を感じません。

「特別なことはしてないよ。昼は畑を世話して、夜は村の共同温泉で友達としゃべって。あまり家にいないからテレビはほとんど見ないね。食事はご飯、味噌汁、漬け物、それに煮物か和え物。地元でとれるもので済ませるの」

藤沢ひさゐさん(88歳)。いまも現役で畑を世話する

いたって健康で大きな病気の経験もないとのことです。高山村ではこんなふうに80代、90代で現役の方は珍しくないにも関わらず、誰もが「ふつうに暮らしているだけ」と口を揃えます。どうやら、ふだんの生活に長寿のヒントがあるようです。

そんな村の暮らしについて、地元旅館の大おかみ、関谷庸子さん(74歳)が説明してくれました。

「高山村は坂ばかりですから、歩くだけで足腰が鍛えられます。そして、山がちで雪深く流通が悪かったので、野菜や豆など地のもので食事をまかなう知恵が生まれたんです」

村内は平均標高1000m。いたるところに坂があるため足腰が自然と丈夫になる。高齢者でも急な坂をヒョイヒョイとのぼっていく
温泉旅館「風景館」の大おかみ、関谷庸子さん(74歳)。ピンと伸びた姿勢が美しい

野菜のさまざまな食べ方を知っていることにくわえ、村は農業が盛んなので作物はどれも新鮮で味は格別。「健康のために」野菜を食べるのではなく、「おいしいから」自然と野菜をたくさん食べるんですね。おいしく食べて健康長寿だなんてうらやましい限りです。

短命だった長野県

長野県はいまでこそ日本有数の長寿県だが、昭和40年代の平均寿命は男性が全国9位、女性が26位。とくに塩分の過剰摂取による脳卒中の死亡者が多いことが問題になっていた。そこで県をあげ減塩にとり組んだところ、平均寿命がのびたという歴史がある。「病気になってから治す」のではなく、「病気そのものを減らす」という予防医療の考え方が長野では広く浸透している。

高山村が教えてくれた
寿命は生活環境でのばせる

高山村の長寿について、長寿研究にくわしい順天堂大学の白澤卓二先生はこう分析します。

「寿命は遺伝的な要素よりも生活環境に大きく左右されます。具体的には運動と食事、そして趣味や仕事など生きがいを持つこと。この3つをかえると寿命がのばせるのです」

医学博士 白澤卓二氏

順天堂大学大学院医学研究科・加齢制御医学講座客員教授。専門は寿命制御遺伝子、アルツハイマー病の研究など。高山村の健康長寿の要因を食、地理、産業構造、医療制度などあらゆる角度から研究。著書に『長寿県長野の秘密』、『長寿の里「高山村」の長生きレシピ』など多数

山間部にあるため運動量が多く、野菜が豊富で、農業を中心に高齢者の就業率が高い高山村はその条件すべてにあてはまります。さらに白澤先生はつづけます。

「なかでも食事がいちばん重要です。長野は野菜、キノコ、味噌の摂取量が日本一という草食県。食物繊維が多い食事は自然とよく噛むので血糖値の急な上昇が抑えられ、腸内環境を整えます。おそらく長野県民の腸内環境は他県民とは違うでしょう。近いうちに調査したいですね」

「この前、丹波の黒豆植えたの」「宮川さんはいろいろ挑戦するね」「青いうちにゆでるとおいしいよね」。からだも元気なら頭も元気。話を受け答えするスピードが非常に速い
長野の名産、野沢菜。漬け物が有名だが、地元では間引き菜をシャッキリ湯がいて食べるのが人気。産地でしか味わえない贅沢だ
直売所にはとれたてのキノコや野菜が並ぶ

そういえば、村のみなさんも「お通じで困ったことはない」と言っていました。健康のカギは腸にあり、腸を元気にするには食物繊維も発酵食品も欠かせませんね。特別なことをするのではなく、はたらいて、地のものを食べて……という昔ながらの暮らしが長寿につながっていることを坂の上の長寿村が教えてくれました。

そうこうしているうちに、すっかり日暮れどき。1台のバイクが坂道を軽快にのぼってきて、わたしたちの前に止まりました。バイクの主は宮川君代さん(83歳)。荷台にドッサリ積んだ野菜を軽々と持ち上げては、キビキビと運んでいきます。

「3月に買ったばかりの新車よ。坂が多いから助かるわ!」。忙しい収穫期にはバイクで村中を走りまわる宮川君代さん(83歳)

「畑でとってきたばかりよ。これからこの野菜で晩御飯をつくるの!」

やっぱりこのおばあちゃんもセンイたっぷりの生活。健康長寿のヒミツはセンイにあったんですね!

取材協力

山田温泉 風景館
長野県上高井郡高山村大字奥山田3598
電話 026-242-2611

single.php

2024/12/03 1:30:57