旬の野草が、たくさんとれました

妙高の野草採り名人。
石田秀雄さんを訪ねて

7月某日、新潟県妙高市。朝8時、ゆうべからつづく霧雨に山の空気はしっとりと濡れていた。そそくさと身支度を整え、シュッ、シュッと鎌を研ぐのは妙高の野草採り名人、石田秀雄さん(74歳)。みじかい夏、妙高山では旬をむかえた野草たちが待っている。今日はヨモギ、オオバコ、ドクダミ。ミヤトウ野草研究所の近藤会長が全幅の信頼を置き、地元でも右に出る者はいないという野草採り名人の収穫の1日を追った。

野草は強いから、
天候には左右されない

「日中は暑いから朝のうちにおおかたとって、あとは午後にすこし。無理のきく歳じゃないからねえ」

手になじんだ鎌と竹カゴを軽トラックの荷台に乗せ、石田さんは軽妙な口調で語る。6月上旬にスギナの収穫からはじまる妙高山の野草採りは、ヨモギやドクダミが旬をむかえるいまが最盛期。カーブの多い急勾配を数十分のぼると、ふとなにかに気がついたように車をとめた。

出発前に砥石で鎌を研ぐ。「手入れすれば何年でももつんだけど、ときどき山に忘れてきちゃうんだ(笑)」(石田さん)
よく研いだ鎌と竹カゴを携え、いざ妙高山へ

「今日はまず、ここでヨモギをとろう」

お気に入りの麦わら帽をかぶり、ぬかるんだ斜面をヒョイヒョイとあがっていくと、高さ1メートルほどのヨモギが茂る野原に出た。

「ヨモギは比較的平らで日あたりのいいところに生えるんだ。といっても、野草は山菜や畑の作物と違って年ごとの天候にはあまり左右されないけどね。強いんだよ。今年は雪がすくなくて山菜はできがよくないみたいだけど、ヨモギはむしろいつもよりいい。ほら、葉っぱが厚いでしょう?」

4、5本のヨモギを左手でぐっと掴み、茎の真ん中よりすこし下を鎌で「ザッ、ザッ」と刈っていく。ほんの数秒で10本、20本と刈っていくので、茂みはみるみる開けていく。しかもヨモギ以外の草は上手に選り分けているから見事だ。

「刈払機をつかって一気に刈る人もいるけど、そうするとほかの草花が混じっちゃうんだよ。あとで選別するのが大変だし、こうして鎌で刈った方がずっと効率がいい。機械をつかうと油が散って土によくないしね」

斜面にてヨモギの採集。雑多に植物が群れるなか、石田さんは本能的に目当てのものを見つけていく

午前9時。ヨモギでいっぱいの竹カゴを軽々と背負い、石田さんは足早に斜面を下りていく。

「さあ、次はオオバコをとりにいこう。もう穴場は見つけてあるんだ」

山道をすこし下ると、わきに1本の坂が伸びている。入口にはロープがかかっているが……。

「どうせイノシシしかとおらないんだけど、他の人に見つけられるのがいやでね。立入禁止にしてるの(笑)」

名人は人一倍用心深い。坂を上がると大きなユリの花が見えてきた。「そこそこ」と指をさす石田さん。あのユリが目印なのだろうか。

「こうして両手で掴んで、ぐっと引き抜く! ほら、やっぱり大きいねえ。こんな立派なのよそじゃなかなか見つけられないよ」

路傍にズンと根を張ったオオバコを、ひと株ひと株いきおいよく引き抜く。鎌をあやつるときもそうだが、こうした作業を軍手もせずにすべて素手でやってしまうところがすごい。

午前11時。そろそろ昼食にしようという石田さん。カゴいっぱいのヨモギとオオバコを担ぎ、奥さんの手料理の待つわが家へもどった

40年前、山が恋しくなって
妙高にもどってきた

「スーパーで野菜を買うなんてことはもう何年もしていないねえ。野菜も野草も、食べたいものは全部山で揃うんだから」 そう言って、彩り鮮やかな料理に舌鼓を打つ。山奥で真剣に鎌を振るう名人の姿からは想像もつかない柔和な表情だ。 「子どもの時分は友だちと野草をとって小遣いを稼いだ」、「東京にいたころは結構夜遊びもした」。冗談をまじえた昔話は自然と近藤会長との思い出に及ぶ。

とれたての野草や山菜をつかった奥さんの手料理。石田さんの活力の源だ
自家製のドクダミ茶。意外にもクサみがすくなく飲みやすい

「30年くらい前だね。地元の評判を聞いて、わざわざ近藤さんの方から頼みにきてくれたんだよ。はじめは正直ちょっとかわった人だなあと思ったけど(笑)」

現在、『野草酵素』の原料収穫には多くの人が協力しているが、1日に軽トラックの荷台2杯分もの野草をとれるのは石田さんだけ。採取する野草の質も上等で、近藤会長も絶対の信頼をよせる。

ミヤトウ野草研究所では若い所員に野草採りを経験させる。教えるのはもちろん石田さん

「山が恋しくなって妙高にもどって、本格的に野草採りをはじめたのが40年前。最初は苦労したけど、凝り性なんだ。足もとが見えるように手前から順番に刈っていこうとか、どんな環境にどの野草がどのくらい生えているかとか、知らずと感覚が身についていったんだね。いまじゃ誰にも負けない。わたしが日本一だって思ってるよ」

午後2時。すこし仮眠をとると、石田さんはふたたび鎌をとった。雨足が強くなる前にブナ林にドクダミをとりにいくという。

ブナ林は水をよく含む。
野草の生育にはいちばんいい

うっすらと白い霧がかかり、葉を潤す雨の音だけがしとしとと響くブナ林。その水彩画のような風景のなかへ石田さんは歩みをすすめる。現代はスギやヒノキが整然と並ぶ植林の山が多いが、妙高ではいまだ天然のブナが主役だ。

「土がふかふかしてるでしょう。ブナはねえ、スギやヒノキと違って根が水をたっぷり含むんだ。それに葉が密生していないから日光が地面まで届く。野草の生育にはいちばんいい環境さ。とくにドクダミは湿気が多いところが好きでね。ほら、白い花が咲いてるだろう。これはいまが旬だよっていうこと」

ドクダミを収穫。今年はできがいいそう

小川のほとりで鎌をサッサッと振り、丈20センチほどの茎を刈ると、湿った空気に独特のつよい匂いが漂う。10束ほど採取し、石田さんは林のさらに奥、ヤブの中へとわれわれを誘った。さらさらと流れる湧水、雑然と群れる野草の下に、まるい葉が十数枚隠れている。

「ここは昔、うちの祖父さんが手入れしていてね」

片手で茎を引き抜くと、薄緑の根があらわれた。鼻に抜ける爽やかな香り。天然のワサビだ。

ブナ林の奥深くを流れる沢にひっそりと生える天然のワサビ

「昔はもっとたくさん植わっていたんだけどねえ。わたしもあんまりここまで来ないから……。人が入らないと山も荒れてしまうんだよ。いまは若い人も子どもらも山に興味がないからね。今日は女房への手土産に2、3株いただいていこうか」

午後4時、下山。ヨモギ、オオバコ、ドクダミ。カゴにあふれる収穫を軒下に干す。

「天日で2~3日、日蔭で数日。乾燥にもコツがあって、ひとつ間違えると赤く日焼けしてつかいものにならないんだ。さて、雨も強くなってきたし今日はミヤトウさんへの納品にはいけないね。準備だけして、そろそろ休むとしよう」

妙高の野草の旬はみじかい。1日の疲れを癒し、名人は明日も山へ入る。

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2024/10/06 3:30:54