健康ブームよ、どこへいく

紅茶キノコからトクホまで。
日本人の健康意識の変遷

トクホの商品が売れている。「脂っこい食事のおともに」、「血糖値が気になる方に」。健康効果への期待が購買意欲をそそるようだ。思えば過去数十年、さまざまな食品が“健康によい”とブームになっては消えていった。いったいなにが人々を駆り立てたのか。いわゆる「健康ブーム」の変遷を振り返り、日本人の健康意識のゆく先を読む。

すべてのはじまりは、
「マクガバン・レポート」だった

紅茶キノコを覚えているだろうか。1974年、「水虫が消えた」、「高血圧が治った」などの健康効果を記した『紅茶キノコ健康法』(地産出版)がベストセラーとなり、一大ブームを巻き起こした発酵食品である。

現代までつづく「健康ブーム」のまさに先駆けとも言える存在で、この後各時代ごとにさまざまな“健康によい”食品が現れては消えていくことになる。杜仲茶、カスピ海ヨーグルト、最近では塩こうじなど例を挙げればきりがない。

戦後さまざまな食品が「ダイエットに効く」、「健康によい」ともてはやされ世間を賑わせてきた (『女性セブン』1963年10月30日号、1984年9月27日号、1985年11月28日号、2001年1月11日号、2001年6月28日号、2002年9月26日号、2003年6月26日号より転載)

「日本で急激に健康への関心が高まったのは1980年前後。背景にはアメリカの“ビタミンブーム”があります」

そう語るのはヘルスビジネスマガジン社の木村忠明氏だ。

「当時アメリカではビタミンを医学に応用する研究に注目が集まっていました。そこへ1977年、『マクガバン・レポート』が発表されます」

株式会社ヘルスビジネスマガジン社
代表取締役会長 木村忠明氏

1952年生まれ。中央大学卒業後、健康食品の業界紙の編集に携わり健康・医療関係のさまざまな媒体を手がける。1993年、(株)ヘルスビジネスマガジン社を設立し『ヘルスライフビジネス』、『薬事法ニュース』などを発刊。この道36年。健康食品の黎明期を知る貴重な存在

「マクガバン・レポート」とは心臓病やガンなどの現代病の原因はすべて乱れた食生活、とくにビタミン・ミネラルの不足にあるとする研究報告。アメリカ上院の栄養問題特別委員会が発表したもので、そのセンセーショナルな内容は国民の健康意識をかえるにじゅうぶんだった。その影響が日本にも波及したのだ。

「折から国内では高齢化の問題が取り沙汰されていましたし、アメリカの後を追うように生活習慣病も増えていた。健康雑誌が続々創刊され、紅茶キノコの次は豆乳、その次は青汁スタンドとブームは過熱していったんです」

テレビや雑誌は煽りつづけ、
消費者は振りまわされた

80年代にブームを牽引した健康雑誌の草分け『壮快』(マキノ出版)のモットーは、「自分の健康は自分で守る」。健康情報は医者からメディアの手に渡り、消費者はみずから選択する権利を得た。

自分のからだを人任せにせず、食生活をかえて不調を「予防」しようというのはすばらしい考え方である。そこに疑いの余地はない。しかし一連のブームに感じる、ある種の違和感はなんだろうか。

とくに90年代なかごろあたりからテレビの健康番組が高視聴率を叩き出すようになり、それまでは緩慢だったブームの入れかわりが一気に激しくなる。

『発掘! あるある大事典』(フジテレビ系列)、『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ系列)などの人気番組は毎週のように「△△が××にいい」、「○○に意外な健康効果が」と新しい情報を流し、視聴者の興味をひきつけていった。

テレビから毎日のように流れてくる健康情報。目新しいものについつい飛びついてしまうことも

「食品の機能性を明らかにすることは、生活習慣病の蔓延する現代において必要なことです。しかしメディアとて商売ですから、常に飽きさせないというのが最優先事項になってしまう。カスピ海ヨーグルトのようなマニアックなもの、はたまたトマトや納豆のような身近で意外なものととにかくウケのよいものをとり上げる。それでも消費者は飽きるので毎週のように新しいネタをくり出さねばならない」(木村氏)

じっさい特定の食品が話題をよぶたびに、その成分をとるのであれば必ずしもその食品でなくてもいいはずだという批判はあった。

それでも権威あるマスメディアが言っているのだからと消費者はゴマを赤ワインを寒天を買いに走り、テレビで流れた翌日にはその食品がスーパーマーケットから姿を消すという現象がくり返されることになる。

ブームは落ち着いた、
いまなにを食べればよいのか

「さらに……」、と木村氏はつづける。

「極めつけは『これさえ食べれば大丈夫』という言い方です。人々を煽るにはそうした極端な表現が有効なのでしょうが、この世界にそんな魔法の杖は存在しません」

踊らされ過ぎた消費者にも非があったかもしれないが、かえって偏った食生活を助長するようなメディアの手法は節度に欠けていた。「消費者の健康に役立つ情報を発信する」。その点は間違っていなかったのに、いつしかそれは健康不安をターゲットにしたビジネスにすりかわり、バブルのように膨れ上がっていったのだ。

「○○さえ食べれば大丈夫」。そんな言葉を耳にすれば、すぐにスーパーに買いに走るのも無理はない。これまでに何度、全国のスーパーから特定の食品が消えただろうか

そしてバブルは、必ず弾ける。2007年1月7日、『発掘! あるある大事典』が納豆のダイエット効果をとり上げると、例によって全国で納豆が売り切れる騒動となった。これを週刊朝日(朝日新聞社《当時》)が取材したところ、番組内に捏造とみられる箇所が次々と発覚。結果、制作側も虚偽を認め番組は打ち切りとなる。

「あの事件を境に派手な健康番組はなくなりました。行政のしめつけが厳しくなったんです。最近あまり新しいブームが起きないのはそのためですよ」(木村氏)

熱に浮かされたブームはもう必要ないかもしれない。しかしせっかく高まったわたしたちの健康意識はどこへ向かえばよいのか。トクホはその受け皿になり得るのか。いまあらためて振り返って気づくのは、ほとんどの食品が消えていったなか、ほんのひと握り残っているものもあるということだ。木村氏は語る。

1991年にはじまった特定保健用食品(通称:トクホ)の認可制度。健康食品と違い効能効果を表示できるが、取得には莫大な費用がかかるなど問題も多い

「結局、長つづきしているのは『なにに効くのかよくわからないけど、たしかに体感がある』というもの。この事実は示唆にとんでいます。これまでのブームは単一の成分の有効性に固執してきましたが、食品というのは本来“全体のバランス”で考えなければいけない。科学的根拠だけでは語れないということを忘れてはいけないんです」

「健康に生きる」ためにはなにを食べればよいのか。ブームに一喜一憂する時代が終わったいまこそ、正しく見つめ直すときなのかもしれない。

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2024/07/20 12:06:21