冷水でキリッとしめたそばを勢いよくすする……。古くから親しまれるこの国民食が、近年ある健康効果で注目を集めていることをご存じだろうか。ツルッとおいしいだけではない、そばの魅力とは?
「そば好きは長生きする」
血管そうじの秘密とは?
江戸時代、落語や川柳にも頻繁に登場したそば。時間をかけずサッとすすりこめるところが短気な江戸っ子好みだったのだろう。
また、そば好きは長生きするという言い伝えもある。日本最古の医学書『医心方』には「五臓の穢(けが)れや滓(かす)をやわらかにして体外へ排出させる」とあり、健康食としての地位が当時から確立されていたことがうかがえる。おいしくてからだにもよしとくれば、食べない手はない。
具体的な健康効果について、飯田女子短期大学家政学科教授の友竹浩之先生に教えていただいた。
「近年注目されているのはルチンによる血管強化作用です。ルチンとは、そばの実に多く含まれる抗酸化物質・ポリフェノールの一種ですが、穀類でこの成分を持っているのはそばだけ。老化して弾力がなくなった毛細血管を修復して強くし、血流をスムーズにしてくれます」
血管が元気になれば、あらゆる不調を遠ざけられるという。
「高血圧や脳梗塞、動脈硬化の予防が期待できます。また、ルチンのような抗酸化物質を多く摂取していると、糖尿病のリスクが低下するという報告もあります」
そばを食べるだけで血管そうじができるとは! ちなみに、ルチンをとり入れるには白いそばより殻ごと挽いた黒っぽいそばの方が効果的だという。
メリットは、それだけではない。疲労回復に欠かせないビタミンB群、汗といっしょに排出されがちなミネラル類も豊富に含まれているため、夏バテ対策にもピッタリ。いまの時季にうってつけの健康食といっても過言ではないのだ。
脱サラしてそば屋を開店
おいしいだけではない、奥深き世界
千葉県、南房総に位置する鋸南(きょなん)町。この町に、そば打ちの趣味が高じてそば屋を開いた夫婦がいると聞き、さっそく会いに向かった。
「体験教室ではじめてそばを打って以来、趣味として家族にふるまう程度でした。でも自分で打ってみると、そばはとても奥が深い世界でね。いろんな料理に手を広げるのではなく、ストイックに極める魅力があります」
そう語るのは店主の神野洋一さん(67歳)。48歳から本格的にそば打ちの修行をはじめ、2002年にそば屋を開店。
「体調をくずしたことがきっかけで、脱サラを決意しました。まだ活躍できる年齢のうちに技術を身につけ、自分の力で勝負しようと思い立ったんです」
にこやかな洋一さんも、そば打ちがはじまると顔つきが一変した。そば粉の状態を見極め、生地の厚さや大きさに合わせて長さの異なるめん棒を次々とくり出していく。その職人技と気迫に圧倒され、取材班は無言で見入ってしまった。
「そば打ちは時間との勝負。いかに手際よく仕上げるかで、のどごしや風味が全然違うからね」
いっぽう、そばのつけ合わせを担当するのは奥さまの悦子さん(67歳)。畑で育てた野菜や裏山の山菜など、素材にこだわった天ぷらは常連さんに大好評だ。
ふたり息の合った仕事で完成したそばをさっそくいただいてみる。まずはそば粉のみでつくる十割そば。モチモチとした食感が特徴的で、噛むたびにそばの香りが口いっぱいに広がっていく。対して、細めに切られた二八そばはツルッとしたのどごしがくせになり、どんどん箸が進む。ひと言でそばといっても、粉の割合でこれだけの違いが味わえるとは驚きだ。
友竹先生によると、そば粉の割合も重要なポイント。血管そうじの効果を享受するためには十割や二八など、つなぎのすくない麺を選ぶとよいそう。
「のめりこんだきっかけは打つ楽しさだったけど、自分のつくるそばが健康に役立つならこんなにうれしいことはないですね」と洋一さん。
食べる人においしさと健康を、つくり手には探究の楽しみをもたらすそば。この夏はその魅力にはまってみてはいかがだろう。
取材協力
手打そば処 こぶし
千葉県安房郡鋸南町横根327-3
電話 0470-55-9505
房総半島を東西につなぐ街道沿いに建つ店を夫婦ふたりで切り盛りしている