いま、世界で漬物が注目されている。新型コロナウイルスの不安がつづく中、漬物を食べると免疫力が上がるという研究が発表されたのだ。漬物は食卓の主役にはならないが、ないとやっぱり物足りない。古くから日本人の身近にあり、人びとの健康を支えてきた。じつは、陰の実力者なのである。
四季のある島国だから
たくさんの漬物が生まれた
梅干し、たくあん、ぬか漬けに白菜漬け。聞いただけでも白いご飯がほしくなる。日本は漬物大国ともよばれ、その数は600種類を超える。
漬物の歴史はとにかく古い。縄文時代、海水に浸して干すと保存ができることを発見したのがはじまりだという。海に囲まれた島国で身近だった海水をつかい、先人たちは知恵と工夫によって漬物を生みだしたのだ。
また、四季がありたくさんの野菜がとれるため、その恵みを保存食にして冬を乗り越えてきた。とくに雪深い地域では漬物づくりが盛んだったそう。海外にも漬物文化はあるが、日本ほど風味がよくバリエーションも豊富な国はほかにない。
室町時代に入ると一気に広がりを見せる。漬け床も塩のみならず、醤油、味噌、麹、酒粕、酢などとにかく多彩。「香の物」とよばれるようになったのはこのころで、発酵により香りがよくなったことからお茶うけにも好まれた。
楽しい食感も魅力のひとつ。ポリポリ感がたまらないぬか漬け、シャキッとしてさわやかな野沢菜漬け、上品な甘みがクセになるパリパリのべったら漬け。おいしくて保存ができ、それでいて食べ飽きない。漬物はまさに「魔法の食べ物」だった。
1日5合の米を食べた日本人。
ぬか漬けで脚気予防?
ぬか漬けが家庭で食べられるようになったのは江戸時代。玄米にかわり、高級品だった白米が庶民にも広がりはじめたころだ。ピカピカのご飯を食べられるよろこびとそのおいしさに、なんと1日5合もの米を食べていたとか。
すると、奇妙な病気が流行する。全身の倦怠感やふらつき、手足の痺れ……脚気(かっけ)である。地方出身の武士が江戸で生活をはじめると症状が出ることから「江戸患い」とよばれ、長きに渡り国民病として恐れられた。
その後、「なぜかぬか漬けを食べるとケロリと治る」と噂になり、おいしく食べるだけで病気を治してくれるぬか漬けは食卓の定番となる。精米によりぬかに含まれるビタミンB1不足に陥ったことが脚気の原因であった。
日清戦争がはじまると漬物は食中毒や病気予防にも重宝され、軍の食糧として戦地へ。食べる物がなく貧しいときはたくあんをかじってなんとか食いつないだ。いつの時代も、日本人の食と健康を支えていたのは漬物だったはずだ。
しかし第二次世界大戦後、パンや麺食が普及し食の欧米化が進むと米の消費量が激減。食生活の変化とともに、漬物の出番も減ってしまったのである。
減塩より多くの健康効果が!
食べないなんて、もったいない
「おいしく食べて健康」が叶う漬物だが、減塩志向の現代ではどうしても敬遠されがち。気になる塩分について、東京家政大学大学院客員教授の宮尾茂雄先生に話を聞いた。
農学博士
宮尾茂雄先生
東京家政大学大学院客員教授、全日本漬物協同組合連合会常任顧問。発酵食品や食品微生物に関する研究が専門。著書に『[日本全国]絶品漬物ブック』『漬物をまいにち食べて元気になる』ほか多数
「確かに塩がなければ漬物はできません。しかし、小鉢山盛りの白菜漬けで食塩は1g程度。意外とすくないでしょう?それより、じつはすごい健康効果があるんです」
たとえば、同じ量でも漬けると水分が抜けてカサが減り、サラダより多くの食物繊維がとれる。さらに、ぬか漬けはビタミンB1が豊富で漬ける時間にもよるが生よりもキュウリは9倍近く、大根では17倍にアップ!おいしくなって栄養価も高くなるとは優秀だ。
「干したくあんや千枚漬けには最近注目されているGABA(ギャバ)が豊富です。血圧上昇抑制作用や抗ストレス作用、睡眠の質を高めるなど現代人にうれしい効果があります。また、野沢菜漬けや白菜漬けの原料であるアブラナ科野菜は、機能性成分イソチオシアネートを含み、死亡リスクが低くなるという発表も。抗がん作用の研究まで進められているのです」
ほかにも大根やカブなど漬物につかわれる野菜の多くはアブラナ科野菜なのだそう。最後に先生はこう語った。
「忘れてはならないのが、いわゆる植物性乳酸菌のはたらきです。ぬか漬けや高菜漬けなどの発酵漬物は腸内環境を整え、便通改善や免疫力アップに若返りといいことずくめ。毎日食べてもらいたい健康食です」
あたり前に漬物を食べていた昔の日本人には、生活習慣病やアレルギーなどなかった。先人たちが知恵を重ね、わたしたちに伝えてくれたおいしい漬物はまさに名脇役であり、世界に誇る日本の発酵食品だ。漬物を食べないなんて、もったいない。
110kmをひた走るパワーの源とは?
~ベルツの実験~
明治期に日本政府に招かれ、医学界の発展に貢献したドイツのエルヴィン・フォン・ベルツ博士はある日、東京から110km離れた日光を訪れた。その際、人力車で14時間半かかったが車夫はたったひとりで到達。驚いてなにを食べたか聞くと、「玄米のにぎり飯に梅干し、味噌大根の千切り、たくあん」と答えた。そこでベルツは肉を与えたらもっとすごいのではと食べさせたが、車夫は3日で息切れや疲労を訴え、以前のように走れなくなったという。
カリウムが豊富!
漬物は高血圧を防ぐ!?
漬物にはカリウムが豊富。カリウムはナトリウムの排出をうながし、血圧の上昇を抑制する。食塩(塩化ナトリウム)を含む漬物だが、同時にカリウムも多く含むため高血圧を予防してくれるのだ。